
また怒られた……。
自分はダメな人間だ。
ミスを指摘されて落ち込むことは誰にでもあるもの。でもADHDの人は特に「自分の存在価値」や「能力不足」と結びつけ、メンタルが極端に地獄へと落ちます。
なぜADHDの人は怒られたときに極端に落ち込むのか。
ADHDである自分の考えを今回はツラツラと話します。
【ADHD VS 定型発達】怒られた時の反応の違い





申し訳ありません。
次からは気をつけます。
【言葉の意図】
→その言葉のままとりあえず反省している



申し訳ありません。
次からは気をつけます。
【言葉の意図】
自分はなぜこんなにダメなんだ。
もう相手に嫌われたに違いない。
どうしていつもこうなんだろう。
消えたい……。
私の場合、この世が終わるレベルで落ち込み、引きずります。
周りから「相手はそんな風に思ってないよ」「まだ落ち込んでたの」と声をかけられることも。
※ADHDでも個人差はあると思います。
ADHDが怒られたとき極端に考えがちな理由


定型発達とのとらえかたの違いの背景には、
- 認知の特性
- 自己評価の仕方
- 過去の経験
この3つが関係しているのでは、と思ってきました。
1.認知の特性
何かをとらえ、解釈すること
※すごくザックリ
ADHDの人は、怒られたという事実を白か黒か・0か100かで考えがち。
その結果、「また失敗した=もう無理だ」とネガティブに傾きやすいのだと思います。「怒られること=自分の価値に直結する」というか。
2.自己評価の仕方
「できなかった行動」と「自己価値」を切り離して考えることが難しく、私もすぐに自分の存在価値を疑い始めます。
失敗への自己評価を「能力不足」や「人間としての価値が低い」ととらえてしまうのです。
すると自己評価が「できる・できない」に左右され、失敗で一気に自己肯定感が下がるのだと思います。
ADHDが怒られたとき、行動と自己評価を切り離すには?


大事なのは「ミス=能力不足ではない」と意識すること。ミスを開き直って100%自己肯定するわけにもいきませんが、最低限「ミスを起こしたのはどのような仕組みのせいだったのか?」を考えると頭を切り替えやすいです。
例えば、「リマインダーを設定し忘れたのが悪かった」→「設定すれば次はできる」と仕組みを修正できるよう考えられるとGOODです。
こうやって今書けているのは、つい最近仕事で大きなミスをしたことがきっかけ。
ミスをして報告書を出したのですが、上司から「主観(事実でないこと)が入りすぎている」と指摘を受けました。
確かにミスをした時に必要なのは「事実 → 原因 → 対策」の3つであり、自責や主観で話してもミスは無くならないんですよね。
この仕事では、反省よりも仕組みを改善することにフォーカスしてミスの後処理が進みました。
ミスをして思いっきり自責に沼っていたので、この指摘に驚きです。



「もっと私を責めて反省したほうがいいんじゃない?」って思ってた!
なぜADHDは怒られたとき「行動と自分の価値」の切り離しが難しいのか?





私が思う理由はこんなところ!
① 過去の失敗経験の蓄積
→ 幼少期から何度も注意・叱責され、「またやった…」と過去のミスがフラッシュバックする
② 感情コントロールが苦手(感情のブレーキが効きにくい)
→ 小さなミスでも、一気に自己否定モードに突入しやすい
③ ワーキングメモリの弱さ(目の前のことに引っ張られやすい)
→ 「ミスは修正できる」と頭では分かっていても、目の前のネガティブ感情に支配されやすい
④ 白黒思考(白か黒か、0か100か)
→ 「できる or できない」「成功 or 失敗」と極端に考え「ミス=終わり」と感じやすい
特に、過去の失敗談・白黒思考で評価してきた過去の出来事が積み重なっっているのだと思います。
さらにいうと幼少期の親との接し方や家庭環境もあるのかもしれません。
ただ、そこまで考察していると、ADHDを飛び越えて愛着やアダルトチルドレンにまで話が広がってしまうので、今回はここで終わり。
次は「拒絶される怖さ」について書こうかなと思います。